No More 育児!〜母親失格者の本音〜

0歳2歳の息子2人、働く母親失格者の本音。母親像に理想がある方は気分を害すので見ないでください!

私を母親にしてくれた

まだ長男しかいない頃、次男が生まれる前。

私は母性がないだとか、育児を通して自分が如何に自己中な人間であったかをまざまざと思わせられた、と書いたことがある。

私はずっと暖かい家庭に憧れを持っていて、親子がテーマの映画で見るような、可愛い子供と手を繋いで歩く幸せな自分をイメージしていた。繋いだ小さな手が愛しくて愛しくて、ママぁー!って笑顔で駆け寄ってくる子供を抱きしめる時に世界の全ての幸せを凝縮したような気持ちを想像していた。

 

私は愛されるよりも愛することの方が幸せだと思っている。愛されるということは、その相手から愛を貰い続ける限りは満たされるが、それは相手次第ともいえる。けれど自分が愛する時には、自分の中からどんどんどんどん愛が溢れ出てくるのだから、常に満ち足りた状態である。なので、まさに無償の愛の対象となる我が子がいたら、私は愛の製造マシーンとなって、それこそ毎日が愛で満たされて幸せなんだと思っていた。

 

なのに、現実は違った。

ママぁ〜!とまとわりついてくるのがもううざったくてうざったくて。手を繋ぎながら歩いてても車や歩行者に気をつけつつ、途中で公園やアンパンマンなどを見つけてそこで遊びたいとぐずり出さないように別の方向へ気を引きながら楽しいふりをして目的地へと時計を気にしつつ急ぐ。そんなことばかり。抱っこ!抱っこ!とせがまれるのも、あーあ、ここで、抱っこしないとギャン泣きだからやるしかねーな、整体予約しなきゃ、と思いながら巨大児を抱っこ。一番平和な時は、アニメに集中してくれてる間だけ。それも怖いシーンになると、こわいー消してーとぐずってきて終了。

 

ぶっちゃけ、生まれた瞬間から、あまり可愛いと思えなかった。赤ちゃんなんて単なる異星人で、むしろ部屋に2人でいるのが怖くて旦那の帰りが待ち遠しすぎて駅まで迎えに行ったりした。

泣き止まない長男をベランダから放り投げたい衝動に駆られ、ニュースで見るあの人と私は紙一重なんだと思った。

癒されるとか、可愛くて仕方ないとか、私には全くわからなかった。泣き声は私を責める声にしか聞こえなかったし、2人でいるのが苦痛で苦痛で、早く復職したいと思った。

託児に預けるのが可哀想とか思わなかったから予約が取れればガンガン預けたし、母乳あげることに軽く嫌悪感もあったから早々に完ミにした。

 

私には母性がないんだと思った。

私は何てひどい人間なんだろうと思った。

 

なのに、

 

次男を生んで変わった。

 

初めて、赤ちゃんてなんて可愛いんだって思った。

ずっと一緒にいても苦痛じゃないし、可愛くて可愛くて。

何でこうも違うのかわからない。

ただ、泣いてばかりで殆ど昼寝もしなかった長男とは違い、次男は機嫌良く起きてるし、寝ぐずっても抱っこせずとも1人で寝てくれるし、しかもまとまって寝てくれた。

 

手遊びしてもあまり反応がなかった長男に比べ、次男はよく笑った。私を見るとそれだけでにっこり笑い、手遊びをするとケタケタと笑った。

 

長男が大変なのは男の子だからだ、と性別のせいにしてた。だから次は女の子が欲しい!と思っていて、また男の子だとわかった時には落ち込んだ。けど、今はこの次男以外は考えられない。

 

そして、周りのママ友が言っていたことがやっとわかるようになってきた。

もっと一緒にいたいから仕事辞めるだとか、

寝顔見てるだけで癒されるだとか、

可愛くて可愛くてたまらないっていう、そういうの。

やっと、母親の感情がわかるようになったなって。そういう意味で、長男は私を母親という立場にしてくれて、次男は私を母親の感情を与えてくれたなって。

長男に対してとてもひどいことを言ってるのはわかってるけど、でもそれが包み隠さない本音なのです。